詩であって「うた」でない

aiko 「スター」通常盤が新古書店で 400円であったので、「キラキラ」とどっちにするか迷って「スター」を買った。7月に次のシングルが出るそうだが(ポニーキャニオンの公式サイトの「NEWS」参照)次のアルバムはいつになるのやら。

俺は CD レンタルの頃からの習慣で歌詞カードを読まずにできるだけ耳で聴き取るようにするのだが、この「スター」という曲の詞は聴いただけでは意味がよくわからない。歌詞カードを見て文字で読むと大体の意味がつかめる。これでは「詩」であって「うた」になってない。歌手というのは歌を歌うものだろう。歌詞が少し難解なままで「うた」としてこなれてない。"スルメ" だから何度も聴いていればそのうちわかってくるのかもしれないが、とっつきにくい。aiko のファンじゃない人もいるような所でライブで唄ったらあまり受けは良くないんじゃないか。それもライブハウスより狭い、ジャズ喫茶のような所で。

こういうことを書くと aiko のファンから村八分にされるだろうか。もうずっと前になるが、芸能人や歌手のファンクラブやおっかけは "文壇的" である、という話を聞いたことがある。内輪、派閥内のものに対しては<噂>だけ、外部のものに対しては批難するだけ。「批評」がない。aiko のファンには大塚愛を嫌う人が多いらしいが、それもただ感情的に嫌ってるだけじゃないのか。ちゃんと大塚愛を真面目に聴いてみたことがあるのか。そういう俺も、大塚愛なんてのは浜崎あゆみと同じ「張子の虎」だと思うので聴く気にならないんだけど。

中島みゆきのアルバム「転生」(てんせい、2005年)の中の「命のリレー」という曲は同じフレーズを何度も繰り返すだけなのに、なぜこんなにも胸を突くのか。「うた」とはこういうものだと思う。このアルバムはたぶん輪廻転生(りんねてんしょう)をテーマにしたこの曲に尽きると思うが、俺のように中島みゆきを15年聴き続けてきた者でなく、ほとんど聴いたことのない人が聴いたらどう感じるのだろう。

ところで 31枚目のアルバム「恋文」(2003年)に収録されている「ミラージュ・ホテル」が 33枚目のアルバム「転生」で早くもセルフカバーされているのはどういった事情があるのだろう(追記)。

Amazon で調べていたら「帰れない者たちへ」がいつの間にかシングルカットされていたり、他のアーティストによるカバー集「元気ですか」(青)とそれらの中島みゆきオリジナル集「元気ですか」(緑)とか、全然知らなかった。

追記: 2009年 7月 3日

「転生」は夜会の曲を集めたアルバムということで、「10 WINGS」(1995年)等と同じ位置付けらしい。

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