あなた何ていう名字?

「Ns’あおいスペシャル」(フジテレビ系 9月26日21:00〜)

1月に書いた記事では書く必要がなかったので書かなかったが、医者というのは患者を検査データの集積としてしか見ていない。一人の人間として見ていない。だから人間として接することもない。と言ってもすべての医者がそうではなくて、実際には石田ゆり子のような医者と柳葉敏郎のような医者、そして病院経営を考えて利益追求を重視する西村雅彦のような医者、これら 3人の中間のような医者がほとんどだろう。このドラマに出てくる医者って典型的なんだよな。

確かに重労働は医療過誤を起こしやすいだろうし、医療技術の向上は患者も求めるだろうし、医療に私情をはさむとかえって徒になることもあるだろう。もちろん病院経営が赤字でつぶれてしまうと患者は困るし、患者を人間として扱ってくれない医者をあまり信頼できない。だから自分が医者にかかる時は、これら三者のうちどこに傾斜している医者なのかを見極める必要があると思う。

でもこのドラマの結末には不満。なぜ山形に行かない? なぜ再びアメリカにとんぼ返り? 原作読んでないから知らないけど、山形に行ってしまってもいいと思うし、「化学反応」起こし続けてもいいと思う。

後輩看護師 2人と研修医 3人がダメ過ぎたな。集団食中毒の原因がボツリヌス菌と推測して「猛毒」と言っておきながら深夜にはほぼ応急処置が済んでしまったり、フィクションとはいえ都合良すぎないか。集団食中毒でこの本を思い出した。

三好万季『四人はなぜ死んだのか』(文藝春秋、1999年、文春文庫)

和歌山の毒物混入カレー事件について当時中学 3年生の著者が感じた疑問と指摘には素直に耳を傾けるべきと思う。現実には医療現場の推測が外れることもある。救急医療って難しい。ちなみにこの本は「3年 B組金八先生」の第 5 シリーズだか第 6 シリーズだかで言及されていた。

「アルツハイマー」ってカタカナで遠回しに言わずにはっきりと「痴呆」って言ってくれ。痴呆もしくは認知症についての僕の考え方は以前書いたが、僕は祖母に自分の事を思い出してもらおうとはしない。夫婦と孫の違いだろうか。僕は実家が農家で子供の頃から両親、祖父母全員働いていて、両親よりは祖父母に育てられたようなもので、だから生まれてから高校卒業まで祖母と一緒に暮らしていたのだが、それでも別に忘れられても悲しいとは思わない。

8月に祖母のいる老人ホームに会いに行ったら「あなた何ていう名字?」「私と同じだ」「どこに行って来たの? 戦争に行って帰って来たの? 良かったねえ」などと言われた。そこの介護職員によれば、自分の年齢を聞かれると二十何歳とか答えることがあって、どうやら頭の中が二十代の頃に戻ってしまっていることがあるらしい。前に僕が行った時は、僕が誰であるかを介護職員から尋ねられると「私の弟」と答えていた。実際に祖母の兄弟で戦争に行って帰って来た人もいれば戦死した人もいるという。それに 8月下旬だったのでテレビで戦争関係の番組を何度も見ていたんだろう。それでいてしばらく話しているといつのまにか僕の事を思い出していて、昔のように普通に話していたりする。僕としては悲しいとか寂しいとかより、おばあちゃんの頭の中ってどんな風になってるんだろう、これはこれで面白いな、とか思ったりする。

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