迷わず行けよ、行けばわかるさ

ドラマ「エジソンの母」(TBS系金曜 22時〜)を観ていて思い出した。ニンテンドーDS「やわらかあたま塾」をやっていて、例えば「じゅうななひくごかけるには」だと掛け算を先にやって答えは 7 となるんだけど、四則演算を 2回以上続ける時はなぜ掛け算・割り算を優先するのか、その理由を聞いた記憶がない。「どうして?」と疑問に思ったことはあっても、先にやるというルールをとりあえず覚えてしまえばテストでいい点が取れる。とりあえずルールを覚えて、理由を考えるのは後回し、大学に入ってからでも、と思っていたのが結局今まで考えずに来てしまった。

図形の証明問題をやり始めると「なんとかの定理」とか何でも証明できそうで面白くなっちゃうんだけど、突き詰めていくと最終的には「公理」というものに行き着いて、それは証明不可能なものなのでとりあえず受け入れて、そのルールに基づいて考えよ、とされていたと思う。例えば「直線があって、その直線をどこまで延ばしても交わらないある一点があって、その一点を通ってなおかつ先の直線と平行な直線は、ただ一本しか引けない」というやつ。ただしこれが否定されることによって「非ユークリッド幾何学」という考え方が生まれたんだそうだが、そこまで行くと俺は数学を高校までしかやってないので知らない。

第 1 話の「どうして 1+1=2 なの?」にしても、高校までの数学ではそういうルール(2進数は「情報」という科目だとして)なのでとりあえずそれを受け入れればいいんだけど、高校卒業後にその疑問を思い出して追究しようとしなければただの凡人である。「どうして?」の連発だけで天才なわけではない。だからこのドラマを観て、うちの子に似てる、うちの子ももしかしたら天才かもしれない!と勘違いする親がいたらそれはたいていただの親馬鹿である。

第 2 話の「どうして人間は空を飛べないの?」は実は「空を飛びたい」であったから、この子供の「どうして?」は単なる口癖と思った方がいいだろう。実際に子供に「どうして?」とあんまり何度も聞かれるとだんだんいら立ってくるものである。わかりやすく説明できない自分にいら立つこともあれば、あまりにもくだらない質問なので答えたくないこともある。「どうして?」にもいろいろある。「どうしてうちでは犬を飼っちゃいけないの?」「どうして PS3 を買ってくれないの?」今売ってる 40GB モデルでは PS2 のゲームが遊べないから、とか、お母さんは Wii の方がいいな、とかの "大人の事情" が絡んでくることもある。それに最近の子供は少子化のせいか常に大人に構ってほしいらしく、大人同士の会話にどんどん割り込んでくる。子供がいると大人だけでまともに会話ができない。昔自分が子供だった頃は、大人には大人の世界があるので会話の邪魔をしてはいけない、と思っておとなしくしていたものだが。

それからほとんどの子供は飽きっぽい。鳥に関心を持ったかと思えば次は虫に移り、ムシキングなどのゲームに移り、そこからもう戻ってこないのである。今は子供向けのゲームやおもちゃがたくさんあって、その複雑で深いゲームの世界にハマってしまうとそれだけで好奇心が満たされてしまい、もう「自然界の不思議」などには興味を示さなくなってしまう。友達が持っていれば自分も欲しくなるし、大人としてもゲームやおもちゃを与えてしまえば子供はおとなしくなるので楽である。子供の旺盛な知的好奇心もゲームやおもちゃに奪われてしまう、そんな世の中を作ってしまった我々大人の罪は重い。

このドラマはもしもこんな子供がいたら、というファンタジーのようなものだろう。確かにこんな子供がいたらとても刺激的だと思う。俺も谷原章介の演じる大学教授のように微力ながら手助けしてあげたい。大学教授のような知識人ではないので頼りなさすぎるけれども。こういう子供に対して大人がすべきことは、何でも教えてあげることではなく、自ら考えさせ、どのように考えればいいかのヒントを示し、図書館で調べものをしたりする際の上手な調べ方を教えてやることだろう。子供が進んで行く道を大人がうまく指し示してやって、あとは自分で勝手に走り出すのを見守っていれば良い。俺自身が子供の頃周囲にそういう大人がいなかったので望む道へと進めなかった、という思いがあったりするんで。天才ではないにしても、高校の頃数学が得意なのに物理が苦手だったのは、たぶん勉強の仕方を間違えたんだろう。いや、高校生にもなると子供じゃないから、大学受験前提の高校教育の問題か。

あの子供に天才の萌芽は現れるのか。それを描けるのか。それよりも、天才かもしれない子供の芽を摘み取りかねない学校教育と親たちの現状を描く方が中心になるのかもしれない。小学校 1年生が 6年生向けの本を読んでいて教師に叱られるなんて、それが現状なら窮屈な時代になったものだ。俺は小学校 2年の頃に姉の中学校の英語の教科書を見てローマ字を一通り覚えたけれども、それで天才になったわけではない。

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