鳥だけが壁を越えられる

村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(新潮社、1985年、後に新潮文庫に収録)は〔ハードボイルド・ワンダーランド〕と〔世界の終り〕という二つの物語が同時進行するという構成で、『1Q84』に似ているかもしれない。

〔ハードボイルド・ワンダーランド〕は SF である。機密データの暗号化技術をどんなに複雑化してもハッカー集団に解読されてしまう。そこで人間の脳を使ってデータの暗号化をするという画期的な技術を開発したが、その技術には問題があって、そしてそれを行っている主人公も当然ハッカー集団に追われ…という話。

キリスト教にはキリスト再臨信仰とか終末論というのがあって、最終戦争が起きてキリストが再びこの地に降りてきて、キリスト教徒を救済し、世界に絶対平和が訪れる、というものらしい。最終戦争は起きるのか、キリストが本当に再臨するのかということはあまり重要じゃなくて、世界は「終末」へと向かっている、その「終末」を「目標」として設定して、いま現在どう行動すべきかを考える、というようなことらしい。

でもその絶対平和、静かで平和な世界と「永遠の生」を得るための代償として、この〔世界の終り〕の物語のように「心を失う」ことが要求されるとしたら、それは人間であることを放棄することにならないだろうか。そうまでして平和と安定を得たいだろうか。

一方でジョージ・オーウェル『一九八四年』で描かれる全体主義の超管理社会は、一見平和とは程遠いが、洗脳された大衆は別の意味で「心を失って」いるのかもしれない。ニュースピークという新たな言語の普及によって思考を奪われつつある。いや奪われているのではない、洗脳され思考をも管理されることによって心の「解放」を得て幸福になったのだ、とも言える。それは本当に幸福なのか?

『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は谷崎潤一郎賞受賞だそうである。『一九八四年』は新訳版が早川書房のハヤカワ epi 文庫から出ている。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中